56.お祓いとは・・・
「お祓い」ってあるじゃないですか。
幽霊とか悪霊とか、ネガティブな存在がくっついて、それを払い落すという。
要は、「悪いことが起こるのは、悪霊がくっついたせいです」という発想。
責任転嫁ですよね。
悪霊を切り落とせば、悪いことはもう起きませんよ、という考え方です。
だから、私はお祓いという言葉を使いません。
もちろん、悪霊を落とすのなんて一瞬なんですよ。パーンって一瞬で落ちます。
一瞬で落ちますけど、そもそも、取り付く島があるから、幽霊なんかがくっつくんです。
京都の重い神社があるのですが、あと鎌倉とか。そういうところに行っても、取り付く島がない人は、別に思い想念を拾ったりはしません。
取り付く島があるから、そこから間に入られる。
汚れた場とか、重いところに行ってはいけませんよって言いますが、取り付く島がない、傷がない人であれば、別に行っても憑りつかれることはありません。
ただ、行ったところで波長が合わないので、心地よさもありません。「ふーん。どうでもいいや。次いこ」となると思います。
逆に、取り付く島がある人。
意識を向けてしまうと、幽霊などにつながってしまいます。
情報も、ときにあだになるということがありますが、昔、私が旅人だったときの話。
北海道に常紋トンネル というトンネルがあります。
そこは、昔、過酷な労働環境で、タコ労働者が大量に死んで、弱った者を生き埋めにしたり人柱にしたりなど、凄惨な行いがあったといわれるトンネルです。
こういう情報を聞いてしまうと、トンネルに入る前の看板に「常紋」なんてって書いてあったら、「うわあああ、ここがあの・・。ヤバイよ!どうしよう!」ってなりますよね。
幽霊が出ると思うと、どうしても意識してしまいますよね。
しかも、常紋トンネルって、とっても長いトンネルなのに、一切明かりがついていません。
とっても怖いトンネルなんですよ。
でも、この情報を知らない人にとっては、「トンネルだ」としか思いませんよね。「長いなー」とかその程度です。
でもその当時、大学生時代だった私は、祓う力がありませんでしたので、
「うわー、常紋トンネル怖いよぉ。あんたたちを助けることなんてできないよ。早く過ぎてくれぇ」と、こんな感じで汽車に乗っていた、ということがありました。情報って、知らないことが良いこともありますね。
ただ、無知で何も知らない人と、知識を一通り勉強した上で無関心を選択する人は全く違います。
政治に例えてみます。
何も知らないうちは、政治に無関心ですよね。
その後、政治に関心が出てきて、勉強を始める。
あ、中国に土地を買われてしまっている。政治家はヤバイ。ディープステート?!といった知識を漁るようになります。
そうしているうちに、自分の日常がしっちゃかめっちゃかになって、不幸になっていきます。
もちろん政治に関心がある同士で、変な繋がりの仲間はできますが、ネットワークビジネスみたいな感じのつながりの気持ち悪い仲間です。
この段階を抜けて、色々知ったうえで「あ、意識を合わせなければいいんだ」ということを学んで、一周回って無関心になります。
この最初の無関心と、色々知ったうえで、意識を合わせないという無関心は、形は似ていますが、全然違います。
色々な知識があったうえでの無関心は、ポリシーがあるので揺らぎません。
何も知らない無関心は、ただ流されているだけです。
平和ボケか、無関心を意図して、揺らがないでいるかの違い。
揺らがない無関心の人は、とても強いです。間に入られることはありません。
お祓いの話に戻ります。
お祓いは、悪いことの責任を、幽霊とか悪者のせいにする行いです。
自分の責任を認めたくない人たちは、変わらないです。
「過去生でこういうことがあったから、今世上手くいかないんです」
「私は昔巫女だった時に、暴漢に襲われたので、今世でも男が嫌いなんです」
みたいな、拗らせ系の方もいらっしゃいますね。
「自分が変わろう。自分の意識が現実を作っているのだ」という思考がインストールされない限り、ループが続いてしまいます。
「お祓い」という行為は、責任転嫁なので、このループから抜け出せない状況を助長してしまいます。
祓うことはとても簡単です。
自分の波動が上がれば終わりです。
私の場合は魂の過去生ファミリーを抱きしめれば波動があがります。
もしスイーツが好きな方であれば、特大パフェを目の前にして「キャー☆おいしそー♪」なんて言った瞬間、吹き飛んでいます。幽霊の波動と、パフェに目の色を変えている時の波動は、領域が全然違うからです。
除霊するために神主がしかめっ面をして、シャッシャ、なんてやる必要なんて無い、ってこと。
お祓いというのは、根本治療ではなくて、対症療法なんです。
祓っても、憑りつかれる側が変わらなければ、また憑きます。
いい商売ですよね(笑)
なので、私は、基本的に神社が好きではないです。
ではなぜ私が神社ツアーをするかというと、神社という装置を利用させてもらって、降ろすため。そのためだけです。
その場を護ってくれるガードマンみたいな存在が神職だとは思いますが、その人たちが偉そうに上から目線で話しかけて来ても、私は相手にしません。
はい。
というわけで、お祓いという単語を使う人には要注意です。
あなたの現実が苦しいのは、あなたが悪いのではなくて、あなたにとりついている存在が悪いからだ、その思考そのものが、「魔」(間)だということを、押さえておいてくださいね。
それでは今回はこの辺りで。
どうもありがとうございました。